

平和運動強化期間レポート:樺太での「もう1つの地上戦」
NTT労組は、6~9月を平和運動強化期間として、情報労連・平和四行動への参加・参画をはじめ、各組織で創意工夫し「平和の尊さ」「戦争の悲惨さ」を伝える取り組みを展開している。本欄では、8月15日に太平洋戦争が終結したにもかかわらず、続いていた樺太での「もう1つの地上戦」について紹介し、あらためて「平和」について考えてみたい。
◆もう一つの地上戦
北海道の最北端・宗谷海峡を眼下に、樺太(現ロシア・サハリン州)を望む稚内市高台公園がある。この公園には、平和への願いを込めた2本の塔、そして終戦直後の1945年8月20日、当時日本領だった樺太・真岡町で、銃撃戦の中で電話交換台を守り自決せざるをえなかった九人の電話交換手を慰霊する像が建っている。
1945年夏、沖縄で地上戦が行なわれ、約24万人もの犠牲を出した。同年8月6日広島に、同9日には長崎に原爆が落とされた。そして15日、太平洋戦争が終結──。しかし、北海道稚内市宗谷岬から約40㎞先に見える樺太では、「もう1つの地上戦」が行なわれていた。
長崎に原爆が落とされた8月9日、ソ連が日本に対し宣戦布告。国境から砲撃音が聞こえ、ソ連軍の空爆が激しくなっていった。樺太では避難命令が出され、終戦を迎えた8月15日に全島に白旗掲揚の指示とともに本土への引き揚げ命令が出された。しかし、ソ連軍の空襲と進撃はやむことなく、20日には艦砲射撃とともに真岡に上陸した。
◆9人の乙女の悲劇

稚内市高台公園の9人の乙女の像
9人の乙女とは、真岡郵便局電話交換室に勤めていた当時17~24歳の女性交換手たちのこと。ソ連軍の攻撃の中で、最後まで通信回線を守り、そして亡くなっていった。
樺太では、ソ連軍の攻撃から避難するため、女性や子供、老人を優先的に本土へ引き揚げるよう、命令が出された。女性交換手たちは、16日から順次緊急疎開するよう指示を受けていたが、「重要な通信機能を守るために引き揚げるわけにはいかない」と主張し、とどまっていた。

第48回氷雪の門・9人の乙女の碑 平和祈念祭にて
20日早朝、真岡郵便局の交換室では、いち早くソ連軍が真岡港に向かったことを知った。港からは凄まじい艦砲射撃、町中ではソ連兵が一般住民にも見境なく機銃掃射を浴びせる中、交換手は避難する町民の通信や他の主要な町への連絡を維持するために、電話回線を守った。交換室のある真岡郵便局は、警察の隣にあるため狙われやすく、後ろは崖で逃げることができない絶体絶命の状況の中、九人の女性交換手は、用意していた青酸カリ等で自決した。
◆引き揚げ船3船の殉難

殉難した小笠原丸(逓信省の海底ケーブル敷設船)の慰霊碑にて
8月22日、樺太から緊急避難する小笠原丸、第二新興丸、泰東丸の三隻の引き揚げ船が「国籍不明」の潜水艦に襲撃された。それぞれの引き揚げ船は、小樽港に向かって南下していたが、魚雷攻撃と砲撃により、小笠原丸と泰東丸は瞬く間に沈没、第二新興丸は大破しながらも留萌港にたどり着いた。
この3隻には、避難命令が出されたため、女性や子供、老人を中心に合わせて約5000人が乗船しており、犠牲者は1700人余りにのぼる。小笠原丸は逓信省の海底ケーブル敷設船、泰東丸は貨物船で、非武装船であった。
2005年8月、この「国籍不明」の潜水艦がソ連太平洋艦隊の所属であったことが『北海道新聞』に報道された。ソ連軍は、北海道の北半分の占領を要求し、8月15日の日本降伏後も戦闘を継続して留萌への上陸をめざし、潜水艦を留萌沖周辺に配置して、港に近づく日本艦船はすべて撃破する態勢をとっていたと言う。
ソ連の北海道北半分の占領は、アメリカ政府の強い反対にあい、22日夕方に急遽中止された。しかし、戦闘停止命令がソ連潜水艦に届いたのは深夜になってからで、その時にはすでに1700人余りの日本人が犠牲になっていた。
◆平和な世界に向けて
8月22日は「北海道におけるもう1つの終戦記念日」とも言われているが、樺太での悲惨な地上戦は、北海道民の中でもあまり知られていないと言う。資料や証拠品・遺品があまり残っていないことも一つの要因ではあるが、生き残った人々の、「あの悲惨な体験を思い出したくない、語りたくない」──という思いもあるのではないだろうか。しかし、戦争体験者が少なくなり、今こそ事実を語り伝えようと、戦後65年を過ぎた今、新たな証言も出てきている。
「20世紀の負の遺産」として戦争の傷跡は、全国各地に残っている。また、戦後65年が経過し戦争の記憶が風化しつつある今日、世界ではいまだ戦争や紛争が絶えない。平和な世界に向け、戦争の惨禍を知らない世代の私たちにできることは、戦争の悲惨さや戦後もその記憶に苦しむ人たちの思いを次代に伝え、引き継いでいくことだ。
東日本本部は、通年的な平和活動に加え、「新たなシンボリックな活動」として“平和”をテーマに、今年度は、沖縄と北海道での活動を試行実施する。現在も沖縄の基地問題や北方領土問題に影を落とす戦争の実相を学び、平和について一人ひとりが考える活動としたい。
参考:情報労連・北海道協議会主催「平和行動 in 稚内」資料
終戦時の樺太(現ロシア・サハリン)で起きた真岡郵便局の電話交換手9人の悲劇について描かれた映画『樺太1945年夏 氷雪の門』。制作から36年の時を経て、2010年7月から順次全国公開されています。
上映日等はオフィシャルHPで確認を!